【心の余白】「何もしない自分」には価値がない?焦りと、足るを知る幸せのはざまで。

こんにちは。翔子です^^

突然ですが、みなさんは目の前に大きなチャンスが巡ってきたとき、すっと一歩を踏み出せますか?

実は最近、「目の前のチャンスを前にして、怖くて決められない」という局面にぶつかりました。

「あれ、私っていつからこんなに臆病になっちゃったんだろう?」って、ふと立ち止まってしまったんです。

今日は、そんな今だからこそ感じる、リアルな心の変化と葛藤についてお話しさせてください。

「イケイケだった私」と、今の私

思い返せば、以前の私はもっと潔かった気がします。

時間もお金も、人間関係だって「ぽんぽん」と直感で決めて、必要のないものはスパッと断つことができていました。変化の波が来ても、それに流されるように前向きに受け止められていたんです。

だけど、色々な経験を重ねてきた今。

自分の中で大きな変化があることに気づきました。

それは、「悩んでも、人に相談しなくなったこと」

昔の私は、とにかく人の意見ばかり気にして、他人の軸で生きていました。今思えば「当時の自分なんて存在していなかった」と懐かしく、少し恥ずかしくなるくらいです。

色んな経験をして、色んな感情を知って、出会いと別れを繰り返す中で、良くも悪くも「今のままで、十分に幸せだな」って思えるようになったんですよね。

「私の人生の成果ってなんだろう?」って考えたとき、実はもう、すでに全部叶っているんじゃないかって気づけたんです。

「エネルギーはあるのに、何もしたくない」という贅沢な葛藤

今の私は、気力も、時間的な余裕(余白)も、ありがたいことにたくさん余裕があります。

普通なら「じゃあ、次は何に挑戦しよう!」ってなるところですよね。

でも、不思議なことに、そのエネルギーをどこかに注ごうという気さえ起こらないんです。

心が病んでいるわけではありません。むしろ、「何もしたくない、ただこの何もしない今をじっくり味わいたい」というクリアな気持ち。自分の状態をそうやって冷静に受け止められていること自体、すごく幸せなことだと思っています。

……だけど、ここで一つの「おし問答」が始まります。

「何かをやっていないと、自分には価値がないんじゃないか?」

そんな、心の中に潜む「無価値論」が、何もしない今を味わいたい自分にチクリと刺さるのです。

グラグラ揺れる自分も、愛おしい

チャンスを前に足がすくんでしまう自分。

すでに満たされていることに気づいて、何もしない今を愛おしむ自分。

それなのに「何かしてなきゃ!」と焦ってしまう自分。

きっと、どれも本当の私です。

効率や成果ばかりを求められる世の中だけど、たまには「何もしない今」をただただ味わう贅沢を、自分に許してあげてもいいのかもしれません。

みなさんは最近、自分の心とどんな「おし問答」をしていますか?